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なぜ人は挨拶を行うの?

前回コメント返信に書いたのは母親と話したことですが、今度は父親から何気なく出された問題について話し合いを行いました(´ω`)

そのテーマが、「人は朝、他人におはようと言うのか」であります(・ω・)

まあ、これはあくまで考えの一環ですので、答えがそうだとは言い切れない。という前提も含みましょう(´ω`)


・なぜ人は挨拶を行うの?

全く見知らぬ人に「おはよう」や「こんばんわ」等の挨拶をしても仕方がありませんが(・ω・;)
ちょっとした顔見知りの人。地域の人などは、軽く挨拶をする。というトコもあると思われます(・ω・)

まあ、わたしは最初、父親に答えを返した時、質問の意図を捉え間違えて「挨拶をするのか?」と言う事の“由来”だと思ってたわけですが、まあそれはいいとして(・ω・)

答えは幾らでもある訳ですよ(・ω・)
挨拶をする事で、気に掛けている事を知れる。あの人はちゃんと挨拶をしてくれる人だ。みたいに

いうなれば、コミュニケーションの基本土台となる事が挨拶で、これが無いと言う事は、その基本土台が整っていない状態でコミュニケーションを行うことになる。もちろん、そんな事が出来るかといえばまず無理である(・ω・)

言うなれば、信頼して貰うための大前提。ともいえるだろう。

■キーワード:信頼
例えば、信頼の無い人の為になにかをしてあげようと思うだろうか?
少なくとも、私は思わない。
前記に言っているように、例えばその上司に頼み事をされたとして、私は正直、「この人の頼みだから聞いてあげるかな」という考えなど全く無く、「命令だからしかたがないか」。或いは言葉を濁して断ることもする。
それはそうだ。人にあれだけの事をしておきながら、都合よく頼みなど聞いてやるつもりなどはない。
昔の言葉に「情けは人の為ならず」とある。これはまあ、、、正しい意味も有名だけど、一応記載。
情けを人に掛ける事は、巡り巡って自分の為になるから、情けと言うのは結局自分の為になるんだよ。という意味で、よく間違った例として「情けを掛ける事はその人の為にならないから止めておけ」とある。
閑話は言いとして、まあ、「挨拶」は「情け」と言うワケでは無いが、挨拶を行うことは、結局は自分の為になるのである。
上にも書いたが、「あ、ちゃんと挨拶を出来る人だ」という陽の印象を与えれば、その陽の印象がプラスの方へ相手の中での印象を強くしていくのである。(※もちろん、挨拶はあくまでコミュニケートの基盤の為、そこから一歩進む必要もあるかな?)
逆に、挨拶をしなければ、「この人は私を無視している」という印象を与え、それが陰の印象になり、だんだんとマイナスの印象を与えるのである。
もちろん、前の記事に書いたように、“それを周りの人も見ている”。そして、“だいたい同じ事を思う”のだ。

■キーワード:印象
そして、大抵とんでも無い事が無い限りは、その印象の方向性は動きにくいのである。
例えば、学校のクラスで笑いをとったり、騒がしいような人が、授業中に「お前ら静かにしろよ!」なんて言ったとしても、それが真面目な意図かふざけた意図かは別として、他人からの印象は「ウケを狙った」と思われ、クスクスと笑われるのだ。というとなんとなーくイメージが付くんじゃないかな。と(・ω・)
それは、陽と陰の印象も同じで、大抵、陽の印象を持てば多少陰の面が見えたとしても「こいつはこういう良い所がある事を知っているから、良いかな」と許せる。
逆に、陰の印象しかないような相手から陽の面を見せられても、確かに嬉しいさが無いワケではない。ツンデレというジャンルもあるくらいだ。だけどあれは、少なくとも対象者が陰の印象で見ているワケでは無いので却下。
本当に陰の印象しか持てないような相手には「何か企んでいる」。「こんな事してもこの人は○○で腹が立ってるし」という、疑い・勘ぐり・思い直し。そういった事で、陰の印象が前面に出る。
や、少なくとも私はそーですね(・ω・)


■結論
つまり、結論は信頼関係を作る道具。もっと正しく言うなら“手段”として、挨拶をするのだ。
ラストバイブルⅢのキャク校長の名言に「道具と頭は生きている間に使うものだ」というものがあるが、まさしく共感できる言葉である。
言葉は生きている。というよりも、言葉を生かす。その事がコミュニケーションであり、
それを積み重ねる事で、陽の印象を与え、信頼を得るのだ。
上にも書いたが、信頼があれば「この人の頼みなら仕方が無いな」と、多少自分が不利な事でも受ける気持ちが出るし、信頼が無い人なら良い顔は出来無い。少なくとも私なら「はぁ?コイツの頭、花でも咲いてんのか?んな都合の良い話あるかっつの」と、思う。

その最も簡単に行える、世界の常識として備わっている手段が、“挨拶”なのだ。


ちと文章が甘いトコがあるか・・・・(・ω・;)
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