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懺悔しますorz

まあ、ちょっと前に問題になった私がたいそう切れた事件の続報と言いますか
とりあえず、自分が如何に愚かだったかに気付いたというトコロか

これは「死ね。カイ死ね」と言われても仕方が無いな。と今更ながら思いますが、
私が言ったとんでもない言葉に「嫌ならハッキリ嫌だって言わないと判らない」みたいな事を言った事があったような気がするワケです。
でも、ほんのちょっと考え方を変えれば判る事で、例え本人が嫌だとしても、相手が望んでいるんならしてあげる。それが出来るか出来無いか。
少なくとも、私は後者だ。自分が嫌だと思うなら、やろうともしないし、強要するなら嫌だと告げる。
その「第一者:自己視点」の観点からの価値観で言った言葉だった。

しかし、相手がもしも前者だったなら?
何の事は無い。この「嫌ならハッキリ嫌だって言わないと判らない」という言葉は、その献身の考えを見事に破綻させる。「え。じゃあ私のして来た事ってなんなの?」と、傷つける鋭利なナイフのような言葉と豹変する。
こんな献身的な事が出来る子は、現代の若者でもそう居ないだろう。それだけ素敵な子を、私は私の独善と一時の感情で傷つけ、手放したのだ。
まずこれが、私の懺悔の一つ目だといえる。

そして次に、上記のような簡単な事に気付く事が出来ず。
自分の疎点を疎点として捉える冷静さを持ち合わせなかったことが二つ目。


聖勇者伝記(※オリジナルの物語だが)のセイジは、さる危機の時。幼馴染の少女の命と自分が助かる術を天秤に掛けた考えを少しでも持ったことで「オレには人を好きになる権利も愛する権利も無い」と言う考えを持っている。
自分の作品の方が「人」ってものを良く判っているというのも正直嘲笑したくもなる話だが、言葉通り上記のような事に気付けなかった私は、そもそも人を好きになったり愛したりする事すら“してはいけなかった”のだ。
その結果がこの現状として出ている。
ようは、考えも覚悟も甘かったのだ。
だからといって、既に過ぎ去った事を取り返す事は出来はしない。この世はゲームではない、セーブも出来なければリセットも出来無い。
事実は事実であり、またその事実を業として受け入れ背負う義務がある。
・・・とは言うが、実際は業を背負う云々言ったとしても、それがどういったものなのか良く判ってない辺りが甘さと油断なのである事も否定は出来無い。

とまあ、私はよく理論的な事をブログとかコンテンツとかで作成して述べているけど、
自分の精神がとんだ子供じゃねぇか。と見つめなおしたワケです。

最後に、誰かに献身的になれるなんてとんでもなく良い子。私のような半端で未熟な者が相手では不相応なのだろう。
きっと、誰かと結ばれれば良い花嫁となれるだろうと私は思っている。
少なくとも、私はもう未練がましく思ったり女々しい考えを抱いたりとは思わない。

簡単には行かないだろうけど。もう、私を畏怖する必要も無い。気を使う必要も無い。
献身的だとしても、それはこんな馬鹿相手ではなく。もっと大切な人、一人に行うべきだ。
人が誰かを受け入れられるのは一人でしかない。でなければ、重みに潰れてしまう。

現在進行形で苦しめていた一因として、馬鹿みたいに遅く気付いた事を記す。

私のなかで渦巻いていた言葉は以上。
書いてスッキリしたから、少なくともマイナスでは無いと思いたい。

だけど、これも憶測に過ぎないから、変に疑心暗鬼に捉われないで欲しい。


※こんな長文の連絡手段が無い為に此処に記す。
※読まれようが読まれまいがそれは自由意志であり私が強制して決める事ではない。


結論:とりあえず私がとんでもないダメっこだと言う事に気付いた26日の夜
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